“好きなタイプ”の正体

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何気ない日常の中で、この質問をされて答えに困った人は多いのではないだろうか。

「好きな人のタイプは?」

たいていの人はパッとは思い付かずに答えに窮する。捻り出して答えたとしても、過去好きになった人を思い返してみると、意外とその答えに当てはまらないということもザラにある。現に自分も過去好きになった人の共通点から”好きなタイプ”を探そうとしてもなかなか難しいものである。

ならば”好きなタイプ”とはなんなのか、そしてその回答に窮する理由。その正体について考えていきたい。

※ この話題を考えることに何の意味があるのかは考えないことにする。

人には、たくさんの凸と凹が存在する。

26年の人生を過ごしてきた中で、多くの人に接してきたが、人にはたくさんの凸と凹が存在するなぁと感じる。

その凸凹は、もちろん性格的なものも存在するし、容姿についても存在すると思う。性格的な凸凹が合うと「居心地がいいな」と感じるだろうし、容姿的な凸凹が合うと「かっこいいな」だったり「かわいいな」と感じるだろう。

もちろん反対にあまりにも凸も凹も合わない相手だと、「苦手だな」と感じたり、相手によっては「嫌い」という感情になってしまうこともあるかもしれない。

多くの凸と凹がピッタリ合うと人は人を好きになる。

前述したように、人は自分と相手の凸と凹が合わさると「居心地がいいなぁ」だったり「かっこいいなぁ」「かわいいなぁ」と相手のことを感じ始める。相手のことを知れば知るほど、これまで知らなかった相手の凸凹と自分の凸凹が組み合わさることを自覚していく。そうして一定数の凸凹の数がピッタリ合って、その結果行き着く先が”人を好きになる”という感覚なのだろう。

もちろん人の凸凹は時間の経過と共に変化していくものなので、一緒にいる時間が長くなるうちに、よりたくさんの凸凹がピッタリ合う様になることもあるだろうし、合わなくなっていってしまうこともあると思う。

“好きなタイプ”の回答に窮する理由

これまで書いてきたことで既に分かったであろうが、人は人を好きになるとき、”好きなタイプ”などと簡単に言い表せるほど少ない要素で相手を好きになっているわけではないし、相手によってピッタリはまる凸も凹も異なるのだ。もしかしたら、最初に好きになった人と次に好きになった人では、ピッタリはまった凸と凹が1つも被っていないなんてこともあるかもしれない。

その結果として、過去好きになった人や今好きな人を思い浮かべその共通点を探そうとしても見つからず”好きなタイプ”についての回答に窮するのである。

まぁ、こういう考え方で仮に納得できたからといって、何が変わるというわけでもないのだが、とりあえず”好きなタイプ”というものについて自分の中で気持ち悪さを感じていて少し考えてみたので書いてみたという次第である。

「ふーん」程度に納得してくれたらありがたく思う。

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